【クラブ創設35周年記念手記:1回目】創設者 山本浩義氏

1990年にクラブを創設して以来、今年で35周年を迎えます。
創設にあたりサッカースクールを展開させていただいた、象山幼稚園、あすなろ幼稚園、エンゼル幼稚園、石鍋幼稚園(東京都)の各幼稚園の園長先生には感謝の言葉しかありません。
総合型スポーツクラブを目指して創設したものの、設立当初は幼児(年中、年長)73名のほんとうに小さなサッカークラブでした。年々活動場所を広げ、サッカー競技もこれからプロ化になると言われていた時代だったので、サッカーをやる子供たちも多く、保護者の方の協力がすごくありがたく励みにもなりました。
クラブを継続していく中で、さまざまな競技の指導者との出会いがあり、総合型クラブとしての礎が少しずつできていきました。その出逢いなくして総合型クラブへの道筋はできなかったので出逢いにも感謝しています。
子供たちの年齢が上がるにつれて、バスやグランド、照明などクラブで整備しなければならないものも増えました。
その都度スタッフでどうしたら実現可能になるのかを本気で話し合い、一つひとつクリアーしていきました。夢を追いかけて活動しているときのすさまじいパワーを感じられるときでもありました。自分たちの人工芝グランドが持てたときには、多世代、多趣向、他競技のみなさんが施設を利用するようになり、地域住民へとその輪は広がっていきました。
グランドができて一番うれしかったのは、子どもたちが転ぶことを怖れずにでんぐり返しをしたり、スライディングをしたりする光景をよく見ました。子供たちの動きの幅が広がると同時にプレーの質も上がっていきました。特にGKの優秀な選手が多く輩出できているのは環境の賜物だと感じています。
静岡県東部地域で初めてジュニアユースのクラブチームを立ち上げましたが、当時は批判的な意見も多く厳しさも感じていました。しかし今となっては多くのクラブチームが東部地域に存在し、子供たちの育成を担うことで、東部地域のレベルは確実に上がりました。優秀な選手の輩出にも貢献しているので、進んだ道は間違っていなかったと思っています。
これもクラブスタッフの情熱がなければ成しえなかったとスタッフにも感謝しています。
クラブとして大きな転機を迎えたのは、Jリーグが2014年より新たにJ3リーグを発足するという記事があがったときです、我々クラブとしても2013年にJリーグへの準加盟申請をおこないJリーグクラブとして歩む道を選択しました。我々クラブにはまだまだJリーグクラブとしての運営をできるだけの力があるとは考えていませんでしたが、地域企業の支援や、行政の協力、サポーターの皆さんの後押しもあり、2016年にJ3リーグへの昇格を果たしJリーグチームとして、この地域にプロのチームが誕生したことは、子供たちに夢を与えるだけではなく地域活性、スポーツ文化の醸成、スタジアム建設等、スポーツを核とした健康づくり、コミュニティづくりに大きく貢献できていると喜びを感じています。
一方で社会の急速な変化の中で子供たちを取り巻く環境も大きく変わり、少子高齢化が進み、遊び場の減少と共に子供たちの体力の低下やコミュニケーション能力の低下が叫ばれ社会問題となっています。これからの我々クラブの役割として、地域の皆さんの健康、コミュニティの構築に更に力を注ぎながら、これまでの学校体育、企業スポーツを中心としたスポーツ環境から、地域を核としたスポーツ活動に留まらずカルチャー的な活動も含めた総合型地域スポーツ&カルチャークラブの創生に向けて地域企業の皆さま、行政と共に寄与していくことを考えています。
これからも皆さんに夢を与え、地域コミュニティの中核として、50年、100年と続くクラブでありたいと願っています。
一般社団法人 アスルクラロスポーツクラブ理事
山本浩義